房総丘陵の石尊山から麻綿原


【日 程】2010 0626日(土)
【山 域】房総丘陵の君津市から鴨川市、清澄山は南房総国定公園内
【山 名】石尊山347.6m、初日山(麻綿原天園、妙法正寺)364m
【天 候】曇り
【メンバ】伊久間、他7人
【コース】七里川温泉から石尊山から麻綿原、清澄寺
【タイム】七里川温11:00〜石尊山11:30-1155〜小倉野分岐12:30〜大岩12:50

     モミ次郎13:28〜モミ太郎13:58〜初日山(麻綿原)14:55〜清澄寺16:00
       (鴨川コミュニティーバス)清澄寺16:11〜天津小湊支所16:25〜金高民宿



七里川温泉から石尊山、麻綿原高原、清澄寺コース

かねてから石尊山から麻綿原への稜線を歩いて見たいと思っていました。
アジサイで有名
な麻綿原へ行くのだから花の季節を選んでこの時期にしたのでした。
千葉駅から木更津に
行き、久留里線で上総亀山駅で降り、君津コミュニティーバス風っ子号で七里川温泉まで行きました。
黄和田畑の一軒宿の七里川温泉は大勢の温泉客で賑わっていました。
温泉の
北側から石尊山登山口の指導標に従って登りますと、すぐに君津市の「ヤマビルに注意」の大きな看板がありました。
以前、私は麻綿原でヒルに血を吸われて出血でズボンが血に
まみれた事がありましたので今回はしっかりと、ロングスパッツとヒル忌避剤スプレーで対策を行いました。
皆さんにもその事を伝えてありましたのでバスを降りてヒル対策をし
ていました。

大勢の温泉客で賑わう七里川温泉を通り過ぎて北側から登ります。暫くは畑が続きます。
鹿除けの電気柵がありましたが老朽化していて役に立っていません。右手に入り山道になります。
暫くはU字溝の様な道を進みます。早速ここでヒルを見つけました。
少し立ち止
まると足元の落ち葉の間から小さな爪楊枝程の生き物が立ち上がって来ます。
ゆらゆらと
動きながら靴にまとわりつくや否や這い上がって来ます。
それに気がついて慌てて払い除
けますが後から後からやって来ます。
ヒルと言えば動きも遅くゆっくりしているかと思わ
れますがここのヒルはとても素早く動くので皆さんはその余りの迫力に恐れおののきました。
私の話を半分に聞いていて信じていなかった様でしたがようやくその恐ろしさを実感
したのでした。


石尊山入り口

ヤマビルに注意

環形動物門、ヒル綱、ヒルド科。これは、ミミズやゴカイの仲間です。
これに取り付かれて血を吸われるのはとても不快ですが、血を吸われていても気が付かない程で吸われる血の量も1ml程と僅かで、その間も痛くも痒くもありません。今回も皆さん、何匹もの蛭に食われていました。
少し心配でしたので検索してみました。

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Q.ヤマビルは医学的に役立つ事はないの?

http://www.tele.co.jp/ui/leech/yamabiru/qa.htm

ヤマビルと医療の歴史はとても古いのです。
ヤマビルを医療で利用することは、現在はありませんが、ヒル(チスイビルの一種)が医学的治療に用いられたのは古くからあります。
ギリシャ時代に始まり、エジプトのピラミ
ッド内の壁画にはヒルで病気を治療している物語が描かれています。
その後19世紀始め
にヨーロッパでは医用ヒルとして、高血圧、鼻出血、肥満など数多くの治療に用いられました。
1904年になると英国でチスイビルの1種である Hirudo medicinalis からヒルジンいわれる抗血液凝固物質が始めて分離されました。
ヘパリンが見い出される以前にはこの
ヒルジンが唯一の抗血液凝固剤として使われていました。
日本でも老人の足の血行障害や
肩こりにヒルを吸血させたりする、いわゆる潟血(しゃけつ)療法といった伝統的な治療も少ないながら行われています。

ごく最近、大学病院の外科領域(形成外科など)で、指、耳、唇などの接合手術の後に生じるうっ血を解消し、術後の回復を早め、移植部分の微小血管を早期に回復させる目的で医療用ヒル(チスイビル:英国から輸入)がよく利用されています。

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ヒルは近付く動物の歩く振動を感じて落ち葉の下から這い上がって待ち構えています。
はいつも先頭を歩いていましたので私の足音で這い出して来た時には通り過ぎていてその次に通る人が靴に取り付かれていたのでしょう。
動物の呼吸した二酸化炭素に反応すると
の説もありますが、地面にへばりついているヤマビルがはるか上空の二酸化炭素を感じて待ち構えているとは思えません。
確かに、落ち葉から爪楊枝が何本も立ち上がっている様
な時に息を吹きかけると一層激しく体を揺らして獲物を探す様子は二酸化炭素に反応していると言えますがそれで待ち構えている訳では無いようです。
私の事前のヤマビル対策は、スパッツの裏表に忌避剤のヤマビルファイターを充分にスプレーして乾かしておきます。
当日、靴にたっぷりとスプレーしてその上からスパッツを着
けました。
地面から靴に取り付こうとしたヒルは忌避剤の付いた靴に触れた時に明らかに
嫌がって退いていました。
何とか靴に取り付いてもスパッツに付いた忌避剤で潜り込む事
は出きない様でした。
それでも何度か数匹のヒルに侵入されましたがすぐに気付いて払い
除けました。
更に途中で何度かスプレーし直していました。

石尊山表参道と裏参道分岐を表参道に向かいます。古い石の階段は磨り減っていて斜面と見分けが付きません。
石灯籠も壊れていて辺りに散乱しています。苔むした階段を上がり
ますと石塔が三基並ぶ山頂に着きました。
その20m程先に二等三角点の山頂がありまし
た。
ここでゆっくりと休憩して腹ごしらえ、と思っていましたが皆さん、足元のヒルに気
を取られてそれどころではありませんでした。
丸太で作られたベンチがありましたのでそ
の上にザックを置いて休みましたが、気がつくとヒルに食われた人が大勢いてパニックになっていました。
スパッツに血が滲んでいる人もいます。足に何匹ものヒルが這い上がっ
ている人もいました。
皆さんは地面にザックを置く事も出来ずに持参したお弁当を僅かし
か食べられない状態でした。


表参道の磨り減った石の階段

石尊山山頂

麻綿原目指して出発しました。房総の稜線は高さはありませんが次第に深い森の中に入って行きます。
札郷分岐を過ぎ、平成151126日、30名のハイカーが遭難して緊急野
営で翌日に全員無事に下山した事故以来、丁寧な指導標が幾つも付けられていて道は見失う事もありません。
ここの稜線は地元の人達の生活道路にもなっていて複雑に入り組んだ
尾根筋は同じような踏み跡と道になっていてどちらにも行く事ができます。
違う道に入れ
ば目的の麻綿原に着く事は出来ずに遭難となってしまうのでした。
目的地でなくても里に
降りる事は出来ますので目的地を諦めれば人里に出て帰る事はできます。


札郷分岐付近からの展望

麻綿原への従走路

私は先頭を歩きましたが、中々後続がやって来ません。
暫く待っていると同行者が手の指
の間から血を流して拭きながらやって来ました。
ヒルに指の間に入られて気付かずにいて
気が付いたら逃げた後で血が止まらずに流れていたとの事でした。
手に食いつかれていて
も気が付かない程巧妙に血を吸うヒルなのでした。
他の皆さんも足に幾つも食われた跡か
ら血を流していました。
私は何匹かスパッツの内側に入られましたがすぐに気付いて払う
事が出来ました。
再度、入念に「ヤマビルファイター」をスプレーして侵入を防いでいま
したので被害に会う事はありませんでした。被害に会わなかったのは私の他に入念なヒル対策をした二人だけでした。

この梅雨の時期にしてはまずまずの曇り空の下を歩きます。
房総の常緑樹の林の中でスダ
ジイやタブの木、ウラジロガシなどの広葉樹やこの低山にしては珍しいモミの木やツガの木などの針葉樹の茂る森の中でした。
地形は複雑に入り組んでいて尾根は所々細い背骨の
上の様で切り立った崖になっています。
崖になっていても樹林の中なので高度感は有りま
せんが樹林の隙間から見下ろす崖は中々迫力のある落差を見せていました。
その木々の
を飛び交う小鳥のさえずりも心地よく聞こえていました。
ホトトギスの声も聞こえていま
した。深い谷間の緑もきれいでした。
道はピークを巻いて付けられていますのでここに暮
す人々の生活道路であった事が伺えます。
多くの人達が歩いて岩に彫られた階段は磨り減
っています。切り通しも幾つもありました。

大岩の壁を過ぎて乾いた地面のある場所で休憩します。モミの木の大木も何本もありました。
乾いていても良く地面を見てヒルを警戒していますので座る事も出来ません。
ザック
を降ろす事も出来ずに立ったままの休憩でした。
そこから暫く進むと「もみじ郎」と名札
の付けられたモミの木の大木がありました。
中々立派なモミの木です。房総半島にはこの
様なモミの木の大木が沢山ありました。
これは、垂直分布の寸詰まり現象と呼ばれるもの
で、氷河時代の遺物と言われています。
最近はモミの木の遺伝子の多様さが失われている
と言われていてこの辺りの森を管理している東京大学農学部の研究テーマの一つでもありました。


何度もヤマビルファイター

麻綿原に到着

従走路は良く踏まれていて迷う事はありません。尾根の分岐には指導標があり、迷いそうな分岐にはとうせんぼのロープが張られていて正しく歩く事が出来ました。

尾根の先が開けていてそこに行くと下には舗装道路が見えていました。麻綿原から続く林道でした。
車が通って行きます。もう麻綿原は目の前でした。僅かな登りで初日山と書か
れた場所に出ました。
目の前は太平洋も見える場所で下には妙法正寺、麻綿原天拝園でし
た。
期待していたアジサイは咲き始めで一面の鮮やかなアジサイとは行きませんでした。

ここからは恐ろしいヤマビルから開放される舗装道路を歩いて清澄寺まで行きます。
途中
から砂利道の林道を歩きますがヒルは居ませんので安心でした。
麻綿原の斜面には恐ろし
い看板が立てられていて、「別名ギャ〜恐怖の山ヒル体験コース」「我国各地の山ヒル生息域で生活される方々の苦労を体験し自然との共存共栄の生き方を感じて頂ければ幸甚です」と書かれていました。私達は今回の従走路で充分に山ビルを堪能する事ができました。


咲き始めたアジサイ

別名ギャ〜恐怖の山ヒル体験コース


麻綿原入り口


金糸梅

清澄寺への道は緩やかに登っています。内浦への道を右に入って閉められたゲートから砂利道に入ります。
一般車は通行止めになっています。この道の脇には金糸梅の幾つもの株
が植えられて咲いていました。
オトギリソウ科で中国原産で江戸時代宝暦年間に日本へ渡
来しています。
黄色の梅の様な花で雄しべが長く糸の様なのでその名が付いたと言われて
います。
清澄寺か妙法正寺の関係者が植えた物かも知れません。

清澄寺へのゲートを潜り少し下ると左手に大きな清澄寺の屋根が見えました。
その後ろに
は清澄山(妙見山)への道が登っています。時間があれば登る積もりでしたが残念ながらバスの時間が迫っていました。
清澄寺は日蓮が修行した事でも有名な古刹です。12歳の
日蓮が生まれた小湊からこの寺に修行の為に入った時は天台宗のお寺でしたが徳川秀忠の命により真言宗になり、昭和24年に日蓮宗に改宗したと言うお寺です。
日蓮が修行して
いた時には日蓮宗は無かったのですから当然の事でしょうか。
千年杉を仁王門の奥に眺め
てバス停に行きました。


清澄寺

スパッツに潜んでいたヤマビル

バス停についてスパッツを外してヒルが居ないかチェックしますと、殆どの皆さんのスパッツに潜んでいました。
ザックの底やズボンの裾を良く見て払っていました。やっとヒル
から逃れる事ができてほっとしていました。
程なくやって来たコミュニティーバスに乗っ
て天津に向かいます。
他にも三人の若い男の観光客とおみやげ屋さんのおばあさんが乗っ
てきました。
千葉在住の同行者は天津駅でバスを降りて帰って行きましたが、その方は胸
にもヒルに食われた跡があり、そこから血を流して悲惨な姿になっていました。
絆創膏も
汗で剥がれて流れる血を止める事は出来ない状況で見るからに可哀相な状態でした。
これ
程警戒して用心していても胸や手の甲、足に忍び込まれて噛まれてしまうヤマビルの恐ろしさを充分に感じたのでした。

鴨川市役所天津小湊支所前でコミュニティーバスを降りて鴨川方面に歩いてすぐに民宿はありました。
「年間民宿かねたか」と書かれた看板がありました。南房総らしい大きなび
ろう樹が立っていました。
ここは漁師民宿でおやじさんが捕って来た魚を味わう事が出来
る筈でしたが、残念ながら時化が続いていて漁に出る事が出来なくて仕入れた魚しか無くてご免ね、とおかみさんに言われてしまいました。
それでも南房総の新鮮な魚料理が沢山
用意されていて厳しいヤマビルの山と海の幸を味わう事が出来ました。
部屋に入って荷物
の整理をしていると、同行者のザックからヒルが出てきて畳の上を這っていました。
その
姿を見つけて慌てて灰皿で火炙りの刑にしたのでした。


かねたか民宿

刺身盛り合わせ

かねてから歩きたいと思っていた石尊山から麻綿原への稜線を皆さんのお陰で歩く事ができました。
アジサイは今年は遅かったのか、咲き始めでしたが一面のアジサイの雰囲気を
味わう事が出来ました。